小文間小学校旧校舎のよいところ

私の住む茨城県取手市は1959年ころより新進気鋭の学校建築専門家=長倉康彦設計による先進的な学校建築が10校にもぼる多数建てられました。長倉は時の町長中村金左衛門の教育重視の姿勢により、いち早く鉄筋コンクリート造りの校舎を建てるべく取手出身で後に霞が関ビルで著名になる武藤清氏の紹介により取手に関わることになったということです。

長倉の代名詞ともいうべきフレキシビリティーをもつ学校建築哲学=オープンプランスクールを手がけ始める1970年代後半に長倉は取手をさりますが、以後は実際に図面を書き建築現場に立つ建築家としての面よりも、建築計画学、プロデュース、制度設計の面での活躍になりました。つまり、氏の建築家=表現者としての面が強く出た作品は取手に集中していると言えます。

その中で、小文間小学校は雑誌、書籍、自著に数多く取り上げられ若き長倉の代表作というべき作品と思われます。

明治期に作られた北側廊下教室並列型の定型プランから大きく逸脱したクラスター型構成は、特別教室に面積とお金をまわすための工夫と聞きましたが、中に入ると迷路状の建物はワクワクするものがあります。外観は、もともと一学年1クラスを想定した校舎で平屋1000平方メートルと小規模であるのに加え、実際に校舎の前に立つと、なぜか視覚的により小さく見えるスケール感があり、おとぎ話の世界の建物のような不思議な魅力があります。

この時代の長倉は子供達の学齢による体格、行動パターンなどを偏執的とも言えるほどに細かく分析/対応して丁寧に「理想の学校」を追求していますが、生徒数が爆発的に増える、教育内容が時代によって変わるなどの変化を想定せず、静的に「学校」というものを捉えてしまったきらいがあり、融通がきかず時とともに不便さにつながりました。しかし、竣工後50年が経ち閉校となった今になってみると、小文間小旧校舎には一種の「奇想の美」があると思います。それは、機能的な成功、失敗、あるいは感覚的な綺麗さ、快適さなどの追求と密接な関係にはあるものの、ちょっと違う次元の、ごく稀ではあるが巧まずして若い表現者に現れることの多い天からプレゼントのような美と私には思えます。

鈴木厚(当hp制作者)

一般社団法人 DOCOMOMO Japan 2018年度「日本におけるモダンムーブメントの建築」選定建築物への「小文間小旧校舎」推薦書の文章を転載。

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